国際結婚し義家族と同居したが、1年で別居する事になった。

婚約をした時に、義両親から「一緒に住んで欲しい」と言われたけど、「仕事もあるし、子供が出来たら」と答えを濁しておりましたが、結婚式をした翌月に妊娠。

同居へのカウントダウンがはじまった。

私は、「外国で1人で子育てなんて無理!」と思っていたので、同居して子供の面倒は義両親に見てもらおうと安易に考えていました。

「育て方とか違うだろうけど、大好きな旦那を育てた両親だから、きっと大丈夫さ」

臨月に入り、仕事を退職し、いざ村で同居生活スタート

そして無事出産。

しかし私は難産で広範囲で会陰切開した為、出産後1ヶ月は寝て過ごす事となりました。

「長男の嫁」なのに、赤ちゃんの世話や、自分の洗濯までやってもらうのは、どうにもこうにも気が休まらず、焦る日々。

しかし、旦那は月の半分は出張でいない日々が続く。

そしてご飯は妹が作ってくれるけど、正直美味しくない…。
「産後の回復の為にも、もっとご飯を食べなさい!」と言われても、ご飯が進まない日々。

ただでさえご飯が進まないのに、二日に一度はお義父さんと2人で食事したりと、なんだか気まづい事極まりない。

そして子育てにおいては、私が2ヶ月近く寝込んでいた為、子育ての主導権は完全にお義母が持っていた。

義母「お腹すいて泣き出したから、今、授乳しなさい」
義母「散歩に連れていくから、あなたは家で寝ていなさい」
義母「子供に熱があるから、病院に連れて行く。(外国人の)あなたが行くと、料金が高くなるから、来なくていい」
義母「なかなか熱が下がらなくておかしい。祈祷師の所へ連れていって、お祓いをしてもらいにいってくる」 等々。

次第に「No」と言えなくなってくる私。

しかし、

離乳食も始まっていない息子に、何かを食べさせたり、ジュースを飲ませたり…

言う事をきかない時は、手をあげるカンボジア流子育て。

だんだん嫌な部分が目につくが、「No」と言えない自分。

次第に自分の感情もわからなくなってきた。

でも家族が一緒に住む事に強いこだわりを持っていた私は、ただただ耐える日々を過ごしていたらある日。

病は気からは本当らしい。

言葉で「No」を言えない変わりに、身体が「No」と叫び始めた。

乳腺炎が重症となり、切開をする事になる。

乳腺炎の痛みはひどく、処置にもひどい痛みを伴った。

安易ではあるが「死」を意識した。

もうダメだ…。

体力の回復を待ち、息子と2人日本に帰国する事にした。

日本で4ヶ月過ごし、カンボジアへ帰る前に私は旦那に伝えた。

「もう同居は無理です。家族だけで暮らしたい」と。

同居を開始して1年2ヶ月をもって、同居解消・・・。

国際結婚し、これから同居を考えている方へ

私からアドバイスするならば…

文化の違いがあって当たり前。

受け入れる事が出来る所は、積極的に受け入れましょう。

しかしどうしても受け入れがたい事は、「No」と言う勇気を持ちましょう。

無理や我慢は、数年は保てるでしょう。しかしずっとは無理です。言えないのならば、身体を壊します。

末永くずっと一緒に暮らす為には、自分を守る事が大切です。

そして旦那さんには、必ず味方でいてもらいましょう。どんな時もいつだって。

そして1年に1回は日本に帰る事をお勧めします。

やはり日本。言葉に不自由しない日本。家族や親友達が待っている日本。

日本に帰ると、「私は常に緊張した状態にいたんだな」って事に気付かされました。

家族と会話するにも耳を済ませ、聞き取ろうとする緊張感は常にあった。

そして一番は、出張が多い旦那様は、仕事を変えてもらいましょう。

2週間不在とか、やっぱり今思い返しても、ひどい…。

そこに半永久的に住み続けるのであれば、無理をしない事が大切です。

そしてどうしても無理なら、同居を解消しちゃいましょう。

「離婚」か「同居の解消」か。

同居を解消して、夫婦がまだ継続出来るのであれば、同居にこだわる必要はないと、義両親もわかってくれるハズ!

我々は同居を解消し、数年間はいろいろありましたが、今年(2019年)義実家から300M離れた土地にマイホームを建てました。義両親との関係はお陰様で、良好です!!

まとめ

国際結婚し、これから義実家で同居する方への、少しでも参考になりますように!!

毎日楽しく心豊かに過ごしていきましょう!!

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