ネガティブ物語〜カンボジアの優しさが受け入れられなかった私〜

同居生活が3ヶ月過ぎた頃に同居生活のリズムが見えてきた。まず料理は妹が担当。洗濯物は各自。掃除は気付いた人がやる。私の息子の面倒は家族総出で見守る。そしてお義父はほとんど家か庭でシムシティーのように、毎日何かを発展させている。お義母さんと妹は、1日に4〜5回散歩に出掛ける。同じ村に親戚が住んでいるので、あっちへ行ったり、そっちへ行ったり、おばあちゃん家に行ったり。毎日会っているのに、よくそんなに話す事があるなーと感心する程、毎日親戚の家へと出掛けに行く。

私と言えば…、家に引きこもりの生活は増えていった。

ある日気晴らしに出掛けようとしたが、雨で道路がデッコンボッコンのグチョグチョでとてもじゃないが、バイクは運転出来ない。その為自転車に乗って行こうと出掛ける用意をしていると、お義母に引き止められる。

母「どこにいくの?」
私「散歩がてら市場に買い物へ…」
母「バイクで行きなさい」
私「道が悪くて私は運転出来ない。だから自転車で行くよ」
母「それなら、私がバイクで送ってあげるから!!」
私「いい、いい!1人で行けるから、行ってくる〜!」

半ば、逃げるように出掛けた。

実家から100M離れた所にあるおばあちゃん家前を通ると、伯母さんに引き止められた。

叔母「どこに行くんだ?!」
私「近くの市場へ」
叔母「なんで自転車なんだ!?」
私「近いから」
叔母「バイクで出掛けなさい」
私「道が悪いから…。行ってきまーーーす」

半ば、逃げる様に通り過ぎる。

それ以後、暇だったので1週間に1度は自転車で散歩するようになったある日、旦那に言われた

夫「お母さんが、自転車に乗らないでくれって言ってるから、もう乗らないで」
私「なんで?自転車に乗るぐらいしか、楽しみがないのに」

夫「自転車はバイクが買えない人が乗る乗り物だから。しかもせっかく嫁いで来てくれたお嫁さんに苦労させているって思われるから、何もしないで欲しい」

それはカンボジアなりの優しさなのカモしれないけど、その時の私は、その優しさを受け取る事が出来ず、

私「私は好きで、エクササイズの為に乗ってるだけだから、ほっといて!!」と言う。

でもそれ以来楽しく自転車にも乗れないし、私が自転車乗っていると村の道で会う人に驚かれるし、窮屈を感じて乗らなくなってしまった。

こんな事もあった。

気分転換に今日はおばあちゃん家にでも行こうと思い、またしても道が悪いから1人歩いて出掛けた。なんせおばあちゃん家は100Mぐらいの距離ですから。その途中で親戚の女の子に会う。おばあちゃん家に行く事を伝えると、「送ってあげるからバイクに乗って!」と乗せられる。帰りは、近いから歩いて帰る事を伝えるも、叔母が「バイクに乗れ」と言う始末。

小さな村に外国人が1人。そりゃー目立つ。だから私がこの村に於いて、「普通」じゃない事をすると、噂が一瞬で広がり、家族に迷惑がかかると流れ。親戚の皆は、私を大切に、私に親切に接するのが当たり前となっていった。

その優しさを受け取らないと、家族に迷惑がかかるから。次第に外に出るのも億劫になっていき、更に部屋に閉じこもる生活が続く。

妹が「一緒におばあちゃん家に行く?」と誘ってくれたりもするが、私は日本語が聞けるYouTubeを見る事を選ぶ。

だんだん孤独から孤立していった。

そんな生活が続き、「No」や「助けて」と言えない私に変わり、私の身体が悲鳴をあげた。

続く

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